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ドラッカー先生の言葉を狂歌にして、わかりやすくご紹介します

お盆はご先祖に感謝するスペシャルウィーク

お盆ですので「お釈迦さまの説法」日本語翻訳バージョンをひとつご紹介します。
長いよ(笑)
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月満ち、日足りて、十日ののち、子は産声を上げ、人生の夜明けはこの瞬間からスタートします。

しかし、子を産む母親の苦しみはいかばかりでしょう。骨肉ことごとく痛み、汗と膏(あぶら)は目や口や咽喉をふさぎ、苦悶の声すらつまって、修羅の形相はこの世の地獄を思わせます。父親は身も心もおののき、母と子の無事に憂念、苦悩します。

死期を脱して無事生まれれば、父は歓喜にふるえ、母親は自分がこの世に出生したような気持ちにさそわれます。

生まれた子は、母親の懐を寝床とし、膝を遊び場に、乳を食べ物として、母の情を生命(いのち)に育ちます。飢えも渇きも、寒さにふるえるときも、暑さにも、母なしでは何事もなし得ません。

下(しも)の世話もただいとしさの一念であり、はらばいになって縁側から転げおちれば、母親は狂わんばかりにおどろき、怪我はないかと子の安否のみが心にあるばかりです。両手で塵土(ちり)をはらい、わが子に口づけして、乳をあたえます。子に笑顔がよみがえったときほど、母親の歓びはありません。

こうして父の助けを借りて、母は育児に身も心も専念します。子は母がいなければ、刃物によって指を落とすことも、乳を離れて一人食べることをおぼえても毒で命を落とすことすらわからず、薬によって病をいやすことも知りません。

父母が外出し、他席で美味珍羞(びみちんしゅう)を得ることがあれば、自らくらうことを忍びず、懐に収めて持ちかえり、子にあたえます。子の笑顔は父の歓びであり、子の悲しみは母の命をちぢめます。しかも、こうして育ちながら、成長するにしたがって、子はむずかり、いつわりをおぼえ、泣き、わめき、父を責め、母をなじります。

やや成長して友と交わるようになれば、父は衣服を求め、母は子の髪に櫛(くし)を入れ、辱めをうけないよう気を配ります。

かくて成人した子は、婦妻を索(もと)めて、他の子女を娶(めと)るようになりますと、父母の恩愛をうたた疎遠して、夫婦は私房のなかで楽しく夜を明かします。

父母老いて気力衰えれば、倚(よ)るところは子であり、頼むは嫁と思うのですが、夫婦は生活にことよせて、かえりみることが少なく、ただただ自分たちのことのみに執着します。

父去り、残された母独り空房を守る日がおとずれると、母には談笑の楽しみは消え、夜がきても眠られず、身の不幸をなげく日を数えるようになります。

なにかの用事で子を呼び出しますと、子は目を嗔(いか)らして怒り罵(ののし)ることもあり、嫁もその児も母親を辱め、なんら意にとめることをしません。

そればかりか、血を分けた兄弟を憎み嫌い、怨みあるもののふるまいにも、心の重荷を少しも感じません。しかるに妻の家族が見えたとなると、堂に昇せて饗応し、室に招いて歓晤(かんご)します。親しき者を疎(うと)み、疎き者とは親しみ、顛倒妄想(てんどうもうそう)の日々に明け暮れて、とんとわが身をかえりみようとはしません。

やがて老いたる母は、ただ死のみを考えるようになり、一輪の花をながめて、むなしい思いのうちに去っていきます。

(心の師匠の言葉より)

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お盆は先祖に感謝するスペシャルウィーク

落ち着いて足元を見つめる、そんな時間も大切かと感じます。f:id:oomotoyoshinori:20160814073956j:image